瀬戸内海と香川県の風景
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お知らせ 2026.01.01 Webサイトを公開しました

能祖すし桶製造所について

香川という地

日本地図を広げると、香川は国土の南西、四国の北東部に小さくも確かな存在を放っています。全国で最も面積の小さい県でありながら、四国の玄関口として本州と結ばれ、古くから人や文化が行き交う地でした。讃岐平野にはため池が点在し、背後にはなだらかな讃岐山脈が連なり、北には瀬戸内海が穏やかに広がっています。島々が織りなす多島美は、まるで点描画のように光を受けて輝きます。

そんな香川の気候は温暖で、雪に閉ざされる冬はほとんどありません。春にはオリーブや菜の花が咲き、初夏には青い海と緑の田畑が調和します。真夏の強い日差しはうどんの小麦や果樹を育み、秋には稲刈りと共に祭り囃子が響きます。季節は穏やかにめぐり、暮らしをやさしく包んでいくのです。

香川の風景

香川に伝わった「桶」

香川は古くから木工文化の盛んな地であり、とりわけ小豆島では江戸時代より「木桶仕込み」の醤油づくりが続けられてきました。桶はただの容器ではなく、地域に根付く食文化を支える道具として重要な役割を担ってきたのです。

17世紀、讃岐の塩田と豊かな大豆・小麦を背景に醤油醸造が盛んになると、職人たちは良質な杉材を使い、巨大な木桶を組み上げました。その技は代々受け継がれ、桶の中で働く微生物の力が、独自の風味を生み出す基盤となりました。桶仕込みの醤油は瀬戸内の海を渡って全国へと広がり、讃岐の名を知らしめる特産品となったのです。

近代になるとステンレス製のタンクが普及しましたが、木桶は単なる古い道具ではなく、伝統の味を育む存在として見直されています。香川の「桶」は、今もなお人々の食卓を支え、土地の誇りを伝える文化遺産として生き続けているのです。

能祖すし桶製造所の工房内の様子
うどん

香川の「暮らしの桶」文化

能祖すし桶製造所は、そんな香川県の桶樽文化を継承しています。

その昔、醤油や酒造りだけでなく、米や水を蓄える容れ物、祭りや行事で用いる道具としても人々の生活に欠かせないものでした。桶は木と箍でしっかりと組まれ、使い込むほどに手に馴染み、暮らしの景色に自然と溶け込んでいきました。 桶は壊れたら終わりではなく、板を差し替え、箍を打ち直して再び使うのが当たり前でした。繰り返し直しながら長く使うその姿勢は、いま語られる「サステナブル」という言葉よりもずっと昔から根付いていた暮らし方でした。

現代では樹脂や金属製の容器が増えましたが、香川の桶づくりには木の呼吸を生かし、時間とともに味わいを深めていく価値が宿っています。木を削り、組み、締める――その手しごとを守り続けることで、「暮らしの桶」はこれからも人々の暮らしを支えていくのです。

能祖すし桶製造所の工房内部の作業場
作業中の風景

桶に学び、人が愉しむ

「木を組み、桶を仕立てる」面白さは、一本一本の木が持つしなやかさと粘りにあります。削られ、組まれ、やがて箍で締められて桶となる――。 香川の桶職人たちは日々「木」と向き合い、ご機嫌を伺ったり、褒めたり、ときには叱ったりしながら、その呼吸を感じ取ります。何も語らない「木」の表情を読み取り、ものづくりを愉しんでいるのです。

私たちは『桶に“愉しい”を組み込む』を信条に、これからも桶づくりを続けていきます。使い手のみなさまにも、暮らしの中で共に息づく「桶」の豊かさを存分に愉しんでいただけたら幸いです。

家族写真